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脱力・・・・。その2

大好きなおばあちゃんが5月17日旅立ちました。そんなわけでしばらく実家に帰っていました。
いつかこの日が来るのはわかっていたけど、やっぱりいなくなるととても悲しい。最後にあったのは今年の連休で、私を見てもわからないようでした。でも、「○○の娘だね。」「色が白くてきれいじゃん・・。」と私ではなく私の娘だと勘違いしていました・・・。娘いないんだけどね、おばあちゃん・・・・。

おばあちゃんは私の小さいころよく家に来てくれました。昔遊びをたくさん教えてくれて、楽しい時間をいっぱいすごしました。でも夕方になると帰ってしまうので、「おばあちゃんかえっちゃいやーー。」と裸足で追いかけたものです。振り返りもせずおばあちゃんはスタスタバス停に消えていきました。そんな儀式を何度か経てすっかり私も大人になり子どもができ、その子どもが今や同じことをやっています。
おばあちゃん、何度も振り返りたかったんだよって、最近だけど言ってました。

お骨になる前におばあちゃん送りながら「帰っちゃいやだーーー」とは言えませんでした。
きっと天国ではおじいちゃんが随分待ったぞ、っていうだろうね。おじいちゃんは67歳でなくなったから、お前としとったなーっていわれちゃうかも。

おばあちゃんの杖と補聴器、棺の中にちゃんと納めました。だからしっかり歩いておじいちゃんと会えるといいね。


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コメント

私も父方の祖母を亡くした時、泣きました。両親共働きなので幼稚園の送り迎え、学校から帰ると祖母が家で待っていてくれました。しかし、中学・高校・大学と考え方の違い、行動の遅さに無性に腹が立ち拒絶しました。亡くなる前約1年は脳梗塞で話もできずちょっとした表情の変化で気持ちを汲み取ることができたくらいです。亡くなる直前、病院に着きモニターの波形がだんだん小さくなり1本の線になって「ご臨終です」。途端に幼い頃の記憶が甦り涙が溢れました。やっとの思いで自宅待機の弟に祖母の死を伝えました。月が替われば祖母の命日。今では、お盆とお彼岸、そして命日前後にお墓参りをしています。10年間のせめてもの償いのつもりで。

投稿: ごんぞう | 2005/05/22 11:49

近隣K市に住む姉でございます。
おばあちゃん、ほんとに大好きでした。
母がおばあちゃんにとって一人娘だったので、我が家には
本当に良く来てくれました。
私は四人きょうだいの一番上だったので両親にも相談できない事を相談したりしてました。
社会人になってからも恋の相談もしてたなあ・・・

私も5月の連休に会いに行ったけど・・分かってもらえなかった・・・
あんなに会いたがっていた7ヶ月の私の娘も一緒だったけど
分かってもらえなかった・・・
もっと早く会いに行けば良かった・・・
3歳の私の息子は分かったみたいだね。笑ってくれたね。
でもきっと覚えていてくれるよね。
私の娘と握手したこと・・・

ほんとにいろいろあった人生だったけどおじいちゃんに
たくさん報告してね。
私達のこともちゃんと話してね。

投稿: あくびちゃん | 2005/05/24 21:26

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